2017.08.25 Friday

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    2015.04.26 Sunday

    舞鶴中世史研究会4月例会

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      すみません。
      管理人が忙しくて、ブログと向き合う時間がとれませんでした。
      かためうちします。
      4月18日【土】中世史研究会の4月例会でした。
      いつものとおりJ氏が準備していただく行き届いたレジュメをもとに進行しました。
      下読みではちんぷんかんぷんに見えた文書も、解説のおかげですこし意味がとれました。
      この日で別掲四五六「不知行在所目録」まで終わりました。
      四五六によると、朽木氏の荘園であったはずの与保呂は、この段階ですでに知行できなくなっているようです。
      その30年ほどあとの別の資料をもとに推測すると、丹後守護一色氏の披官による横領がすすんでいたのではないでしょうか。

      朽木家文書はここまでは与保呂に関する文書でした。

      次回からは戦国時代らしい書状がはじまります。
      次回は別掲四五七「細川尹賢書状」からです。
      細川尹賢が朽木弥五郎に宛てた1517(永正14)年と推測される書状です。
      書状の中には八木城の内藤貞正についても出てきます。

      これはこれで、戦国の動乱を読み込める資料です。

      なお、5月例会の日程が変更になりました。
      5月17日【日】午後2時からとさせていただきます。
       

      2014.12.24 Wednesday

      中世史研究会12月例会

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        12月20日土曜日、中世史研究会でした。
        報告がおそくなりました。

        いつもご参加のK氏とU氏がおやすみでした。

        今回は前々回から参加していただいているJ氏が、詳細なレジュメをご持参いただきました。
        さすが中世の専門家です。毎回、本当に勉強になります。<(_ _)>
        今回やった部分は、荘園の結解状(算用状)がありまして、今まではこういう帳簿類があってもほとんどお手上げだったのですが、今回はJ氏の解説によって、だいぶ進歩しました。
        それにしても、給分の支出項目がないことで、Kさんと私はどうしても心にストンと落ちないものが残ったまま、時間ぎれと相成りました。
        私は自分が根本的になにかを勘違いしているような気がしているのですが、どうも腑に落ちなくて、気持ち悪いままの年越しになりそうです。

        次回の算用状も、J氏が解説してくれるそうです。
        心強い専門家がいてくれてありがたいです。レベルアップにつなげたいものですね。



         

        2014.11.15 Saturday

        舞鶴中世史研究会11月例会

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          今朝十時から中世史の11月例会でした。
          参加者は7名。
          別掲四三四「平宗度置文」から別掲四四四「与保呂保一方分国衙年貢請取状」まで進みました。
          多くは所領の相続関係の文書でした。池流平氏から朽木氏に相続される文書も出てきました。
          所領が少なくて長子相続しかできないが、子供たちが兄弟で仲良くやってほしいという親心が共感をよびました。
          譲り状に書いてある所領と、請文に書いてある所領が一部違っているとか、突然国衙領が登場するとか
          よくわからない部分もあります。
          古文書を正確に理解するためには、一文字一文字を揺るがせにしてはならないと肝に銘じた例会でした。
          次回は12月20日。午後2時からです。

          私はその後、綾部の郷土史講座で女布城のお話をしに行きました。
          舞鶴の城の話なのに、綾部のみなさんが最後まで熱心にお聞きいただき、感謝でした。



           

          2014.09.20 Saturday

          舞鶴中世史研究会九月例会

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            8月に例会がなかったので、二ヶ月ぶりの中世史研究会でした。
            今日で堀口家文書がすべて終了しました。

            来月からは朽木家文書をします。舞鶴に関する文書が40点ほどあります。
            翻刻は宮津市史のものを使います。
            原文の写真がほしいのですが、そうすると取り寄せなければなりません。
            一枚いくらでコピーしてもらえるかがわからなかったですが、
            「いくらかかったっていいから取り寄せてくれ。カネはある。なんとかなる。」という会長の言葉でした。
            たのもしいお言葉です。

            来月は10月18日が第三土曜日ですが、丹後郷土資料館の友の会とバッティングしますので、
            10月19日の日曜日に移動します。場所と時間は同じです。


            明日(9月21日)はすでに案内済みの関本さんの講演会です。
            新聞社や個人からの問い合わせが多いので、たくさんお見えになると思います。
            お早い目においでください。

             

            2014.05.13 Tuesday

            舞鶴中世史研究会 1517年、若狭勢の舞鶴侵攻

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              今度の土曜日(5月18日)は舞鶴中世史研究会の例会です。
              今は白井家文書に取り組んでいます。

              白井家は室町時代から戦国時代の若狭国の守護であった武田氏の有力家臣です。
              この文書群には、戦国時代に活躍した白井清胤らへの書状がかなり残っています。
              特に舞鶴(当時は丹後国加佐郡)への出陣記録が稀少です。
              舞鶴に関する部分は、宮津市史の史料編1に活字翻刻されています。
              宮津市史をお持ちでない方は、図書館などにあるはずです。
              漢字ばかりで取っつきにくそうな印象かもしれませんが、慣れればだいたいは見当がつきますから、
              ぜひ一度手にとってください。

              この研究会では、いまは白井家文書のうち、1517年に若狭勢が加佐郡に侵攻したことについてとりくんでいます。
              1517年の加佐郡での合戦については、白井家文書だけではなく、他にもかなりの古文書が残っており、
              これらを月日の順に読んでいます。
              確実な史料をつみかさねて、この戦いの様子を想像するのはなかなか楽しいです。

              午後2時から4時です。
              西公民館でやっていますので、興味がある方はお越し下さい。


               

              2014.04.19 Saturday

              中世史研究会 4月例会

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                今日は中世史研究会の4月例会でした。
                午後に綾部で別の講演会があったので、午前中の例会でした。
                K先生、Sさん、Eさん、お姿がなかったですがいかがでしたか。

                さて、今日は白井家文書の続きです。今日のものはすべて1517(永正14)年のものです。
                丹後一色家の後継者あらそいに端を発して、有力家臣の石川直経と延永春信の全面対決になる倉梯山の戦いです。

                このとき若狭の白井家も余部里、府中、吉沢城、堤籠城と、丹後奥深く侵攻しました。
                とりあえず、白井家文書四つを読んだ後、1517(永正14)年の関連文書を読みました。
                まずは桂林寺の制札、そして朽木家文書、さらに幕府御内書。
                細川氏、朽木氏、武田氏、朝倉氏の延永春信包囲網がじわじわと形成されている様子が想像されます。
                次回は1517(永正14)年の関連文書続きからです。
                本日おやすみの方は、関連文書を預けてありますので、次回にむけてご予習をどうぞ。
                 

                2014.03.15 Saturday

                中世史研究会3月例会

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                  舞鶴中世史研究会の3月例会がありました。
                  今日から若狭の白井家文書にはいります。
                  不肖わたくし廣瀬が読み手ということで、すすめて参ります。

                  のっけから、1506(永正3)年のとんでもない事件に関わる文書に遭遇してしまいました。
                  室町幕府の管領である細川政元が暗殺されてしまうという、スキャンダラスな事件があるのですが、
                  この事件の一環をなす文書です。
                  今朝からつくった資料を説明させていただきました。
                  私ばかりしゃべっていて、すみませんでした。
                  でもおもしろいでしょ?

                  本日進んだのは、その短いひとつの文書だけ。
                  まだまだ続きますよ。



                   

                  2014.02.15 Saturday

                  2月例会

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                    中世史研究会の2月例会がおわりました。

                    今日でいまのテキストが終了しました。

                    後半の話題は現代史というか、今の四方山話。

                    「現代史もわからんのに、中世のことがわかるはずがない」

                    ということで、お開きに。

                    3月のテキストは検討中です。



                    2013.10.20 Sunday

                    例会の予定変更

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                      10月20日【日】、中世史の例会がありました。まず、u氏の翻刻をもとに前回の文書を読み直しました。翻刻にして読み直すとさすがに内容がかなりわかりました。次の文書までやって今日は時間ぎれ。uさん、次回もよろしく。

                      来月の中世史研究会は、11月16日【土】になりますが、丹後郷土資料館で熊本大学の稲葉先生の講演があるので、中世史は翌日17日【日】に変更します。

                      2013.06.16 Sunday

                      中世史6月例会

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                        中世史研究会6月例会がありました。
                        参加者はK藤さん、S野さん、はじめてのS本さん、T橋さん、u井さん、I谷さん、それに私H瀬でした。
                        大波の堀口家文書を宮津市史の翻刻で読みました。
                        全部で10通の文書のうち、7通が写しで、8通目と9通目に7通目までが紛失して案文を作成した経過がかいてあります。10通目は、紛失と同じ頃に所領紛争があったらしく、紛争に決着をつけたようです。
                        これがなぜ大波の堀口家にあるのか、この文書からだけではわかりません。
                        写しの部分ですが、南北朝の分裂の中で名主が所領確保のために奔走している様子があらわれているのかもしれません。
                        次回は千歳の堀口家文書をします。


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