2017.08.25 Friday

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    2015.06.27 Saturday

    田辺藩裁判資料研究会6月例会

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      田裁研の六月例会がありました。

      今日はどういうわけか難しい文字が多く、
      よめたとしても意味がとりにくいところが多かったです。
      御赦とちがって、話は結構具体的に書いてあるのですが、
      当事者じゃないとわからないような表現もあったりして、
      また、「どこが犯罪なんじゃ?」と思うようなストーリーもあったり、
      「処罰されたの、いったい誰なんじゃ?」とか。

      次回は7月26日【日】に変更です。
      時間と場所は同じです。

      なお、7月は中世史研究会の日程も変更になっています。
      7月12日【日】午後二時からです。

       

      2015.04.26 Sunday

      田辺藩裁判資料研究会4月例会

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        つぎに、昨日の田辺藩裁判資料研究会について。

        いままでとりくんできた御赦の2冊が、昨日すべて終了しました(^^)/。
        鎧を質にいれた「躰にして」おカネをゆする(?)という、手の込んだことをする事件も、情報が不足しているなかで
        よくわからないままです。
        他の帳面をよく調べると関連判決が出てくるかもしれませんね。
        前回の「夜こじき」の一件もそのままです。
        Mさん、「夜こじき」についての研究発表はいつですか(いえいえ冗談です。半分だけは。)

        さて、後半はテキスト係のU氏が今日配布していただいた「雑記 四冊のうち一」がはじまりました。
        まずは目録を読みました。
        U氏が「テクスト」に掲載されている活字版の目録を全員分コピーしていただいていましたので、
        私がそれを読みながら、みなさんで原文との照合をしていただきました。
        「テクスト」の方には何カ所が誤植がありました。
        こうして目録の部分を早く終わらせることができたので、
        さっそく本文をひとつだけ読みました。
        全員、全くの初見でしたが、Y先生、判読お見事でした。

        次回はつづきからはじめます。
        「雑記 四冊之内一」 ニから

        なお、5月例会の時間を変更させていただきます。
        5月23日【土】午前10時から12時

        なお、この日の午後は舞鶴地方史研究会の5月例会とさせていただきます。
        和室で加藤晃さんの研究発表を予定しています。
         

        2015.01.06 Tuesday

        田辺藩裁判資料研究会12月例会

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          年をまたいでになりましたが、12月例会の報告をします。私は欠席しました。
          U氏からの報告です。

          『8名出席でした。2−132中程まで進みました。
          「領知拝領150年御祝儀の赦」の項に入りました。
          「不届きに付き云々」なのですが、何をしでかしたからなのか意味が取れません。一件18頁に及びます。次回2月例会の解題を楽しみに予習して来ようという事で散会しました。雪中の白熱議論に期待をしております。』

          私もひとりで読んでみましたが、有路と河守(旧大江町)あたりで何か大きな騒動が起こっているようですね。
          騒動が拡大していった人間関係とその手法をみてとることができます。
          彼らが物貰いに行こうとした「吉左衛門」というのは、田辺藩から由良川の有路での舟改めを一手に任されていた平野吉左衛門でしょう。
          大きな事件でしょうから、他にも資料がありそうですね。
          及ばずながら私もすこし調べてみます。

          廣瀬邦彦


           

          2014.11.22 Saturday

          田辺藩裁判資料研究会その他

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            田辺藩裁判資料研究会がありました。
            今日は2-125ページの九十四まで終わりました。
            次回は九十五からです。

            下の写真は舞鶴では珍しく、かやぶき屋根の葺き替えをされているお宅です。
            今日の午前中の状態です。

            2014.06.28 Saturday

            田辺藩裁判資料研究会例会

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              六月の例会がありました。
              六月末というのに意外に涼しく、蒸すとおっしゃる方もありましたが、私自身は例年に比べるととても過ごしやすい六月が続いていると感じています。
              今日は「赦」でした。大略としては結論がおなじことが多いので、すこし退屈してきたかなあというこのごろです。
              この蚊取り線香のような感じですか。




              次回は7月26日です。
              赦の2−89 七十三からです。

               

              2014.04.26 Saturday

              田辺藩裁判資料研究会4月例会

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                今日の舞鶴はGWらしい五月晴れの一日でした。田辺藩裁判資料研究会がありました。今日は御赦の2冊目の67枚目からでした。

                今日の部分はなかなかおもしろかったですよ。いつもの定型文の連続ではありません。

                ばくちで科役10日を言い渡された者。「過役」とも書いてあったりして、どうして統一した表現にしないのかな。

                また、ばくちで捕まっているのですが、別のばくちの者を証拠とともに告発すれば、から剃りも免除してやるという、いわば「密告のすすめ」。こんなの初めてです。科役10日は、道路修繕のための砂持ち3日で終わったようです。なんで3日で終わるの?

                次は、永牢であった田辺藩士市右衛門のお許しについて。私が「舞鶴地方史研究第39号」で書いた事件の一部です。これはなかなかおもしろいですよ。ただ、周辺部分がわかるだけで藩庁内部で何があったかは未解明です。これがわかれば時代小説が書けます(かな?)。

                今日はMさんが初参加でした。さすが大学院でとった杵柄。初見でスラスラ読まれました。今後ともよろしくお願いします。

                次回は2-73枚目の真ん中からです。

                さて、明日は舞鶴地方史研究会の総会です。あたたかくなったので、みなさんどこか別のところに行きたくなるかもしれませんがダメですよ。必ず来てくださいね。

                石川先生の講演は3時からですが、会員は2時に来てくださいよ。

                場所は西支所の三階です。いつもの公民館ではありません。公民館で待っていても誰も来ませんよ。

                追記

                会員のU氏からご指摘をいただきました。「藍は藍より出でて藍より青し」ではありませんよと。見直してみたら確かにそう書いていました。誰だ!そんなこと書いたのは(私です)。「青は藍より出でて藍より青し」ですよね。

                なお、このブログ、最近アクセス数がすごいんですよ。




                2014.03.23 Sunday

                田辺藩裁判資料 3月例会

                0
                  田辺藩裁判資料研究会の3月の例会がありました。
                  いくつか興味深いものがありました。
                  “夕膂貘欧遼〇が見樹寺であったのですが、恩赦で刑を許されたり減刑された者はその際に導師(法事を主催する僧侶)から、ありがたい説法があったようです。
                  ところが今回の例では、見樹寺の僧ではなく浄土寺の僧が導師として法事を執行しています。
                  さらに浄土寺の導師から見樹寺が無住になっている場合について、赦を受けた者への説法が必要かどうかの問い合わせがあったようで、奉行所はその場合にはこれは不用である旨を言い渡しています。
                  無住というと荒れ果てた感じがしますが、藩主一族の菩提寺である見樹寺が無住になるとは思えません。一時的に跡継ぎの僧が決まっていない状態があったりして、それも無住というのでしょうか。
                  △發Δ劼箸弔蓮欠落して京都で亡くなった男に対して、その後赦しが出ているものがありました。さすがに「申し渡し」はなく、「代官に達ス」でしたが、すでに死亡した人物にあえて赦を与えるのにどういう意味があったのでしょうか。葬式、墓、過去帳に支障があるなどの説が出ました。
                  この文書以外にも、本人や親族に申し渡すのではなく「代官に達す」だけのものがありましたが、その場合は通常は書かれている「法事によって」などという赦の理由が述べられません。,寮睨,箸盍悗錣辰胴佑┯る必要がありそうです。





                   

                  2014.02.23 Sunday

                  田辺藩裁判資料研究会2月例会

                  0

                    今年はじめての例会がありました。お疲れ様でした。

                    相変わらず形通りの、欠落→願い出→赦免 の文書がつづきました。

                    その中で私自身が印象にのこったものは三点です。 

                     嵌昭]此廚箸い人物。1800(寛政12)年の別の文書にも「半次郎」が登場します。同一人物と思われます。それ以上は次回の例会でご説明します。

                    ◆崔蓮廚「他」か。文字の形はどちらでも読み取れそうです。

                    文意から判断すると「地」の可能性が高そうですが、そうすればどういう意味か。例会ではいくつかの意見が出されました。

                    そして、遺恨のために百姓の連判状の下書きをして、藩から処罰された僧侶。

                    処罰されたのは1800(寛政12)年のことです。

                    百姓は連判状で何を訴えたのでしょう。


                    次回は2−60ページの最後の2行から。五十からです。




                    2013.11.24 Sunday

                    田辺藩裁判資料研究会11月例会

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                      11月例会でした。

                      今日は御赦の二冊のうち第二のうち、2−42枚目からはじめました。
                      欠落した大内町の人、七日市の人、堀上町の人、三河村の人、ばくちをした南有路や上安村、公文名の人、入牢中に病気で村に返された間に農作業をしてしまった上根村の人、湯屋帰りに「酒機嫌」で知り合いの家で「ふと」ばくちをしかけた人など、憎めない人々の犯罪とそのお許しが書いてあります。

                      次は2−48枚目の平野屋町からです。

                      次回は12月28日【土】です。



                      2013.10.27 Sunday

                      田辺藩10月例会

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                        田辺藩裁判資料研究会の10月例会が終わりました。
                        御赦の第1冊が終了し、第2冊にはいりました。
                        次回は第2冊の2−41 三十の途中からです。
                        なお、11月の例会は11月23日【土】でしたが、諸般の事情により翌日の11月24日【日】に変更させていただきます。



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